昭和49年04月24日 朝の御理解



 御理解 第68節
 「神参りをするに、雨が降るから風が吹くから、えらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。いかに有難そうに、心経やお祓をあげても、心に真がなければ神に嘘を言うも同然じゃ。拍手も、無理に大きな音をさせるには及ばぬ。小さい音でも神には聞こえる。拝むにも、大声をしたり節を付けたりせんでも、人に物を言う通りに拝め。」

 今日「教徒新聞」、金光教徒のお道の新聞ですけど、この新聞のことを初めに頂きますから、見せて頂いたらある大変頭の鋭い、良いお話の上手な文章も上手い先生のお話をしておられる所をこう頂くんです。そして御理解を頂くのに、ここに「いかに有難そうに心経や大祓をあげても、心に真がなければ神に嘘を言うも同然じゃ」と云う所を頂きましたです。ですから私も昨日一寸そこを読ませて頂いたんですけれども、素晴らしいなあ、やっぱり学問ちゃ本当に素晴らしいなあ。
 こう云う深い事をこう云うひょうげんで説いておられる。素晴らしいなあと私はそこを読ませて頂いたんですけど、けれどもねいかにお話が上手でも、文章が上手でもです。頭が良かってもです。それこそいかにありがたそうな事を言うてもです。その人に言うならばお徳がなかったら人は助からんです。よい話だけでは助からんです。そこのところをならいかに有難そうに心経や大祓をあげても、心に真がなければいかんのです。神に嘘を言うも同じ事になるのです。
 今日は愈々久留米の八十年の記念祭が、言わば幕を切って落とす訳ですが、まあ大変な事らしいです。今、二十一日から子供達が皆御用に行っております。21、22、23、24、今日そして明日の後片付け、反省会まで行かんなんらんそうですから、兄弟三人の者がそれぞれの役割を頂いておりますから、毎日おかげを頂いとります。幹三郎はもう昨日は前夜祭の祭員のおかげを頂いたそうですから、昨夜は泊込みで昨夜遅う光昭が帰って参りましたが「はあもう大変な事だ。
 もう今日も僕は早う行かんならん」と云う事を言っておりましたが、本当に私共もまあこっから大勢お参りをする訳で御座いますが、ただお参りをする。昨日秋永先生が「折角お参りをさせて頂くならば、言うなら実のあるお参りの仕方がしたい」と神様にお願いさせて頂いておりましたら、『杜若、菖蒲が一杯こう咲いておる所』を頂いたと、恐らくはもう今日のそれこそいずれが菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)かと、それこそ研を競う先生方又は信者方が、兎に角直接の出社が二十七個ありますから。
 もう五十以上ですからね、例えばうちゃとんの様な孫の教会を入れますとまだ随分あるでしょう。その教会の方達の、言うなら、中心になる程しの人達が、皆今日はお参りをするでしょう。先生方もそれこそ、小倉あたりは勿論でしょうけれども、地方関係の手続きではない偉い先生方もたくさんおいでられるし、講師には金光護佑先生もお見えになられますし、もうそれこそ大変な御大祭であろうと思うのです。だからそう云う所だけを、私は見て来たって何にもならんのです。
 折角親先生の御神徳に触れさせて頂くと云うならば、今日のこの御理解じゃないけれどもです。「雨が降るから、風が吹くからえらいと思うてはならぬ。その辛抱こそ身に徳を受ける修行じゃ」と云う信心辛抱から受けられたお徳が、私は久留米の信心の中心をなしておると思うんです。 私はその事を秋永先生から聞かせて頂いて、成程それは「いずれが菖蒲か杜若か」と云う様に、研を競った人達が沢山集まる。綺羅星(きらぼし)の様な人達が集まりましょうけれどもです。
 実がない。花ばかりです。実が実らない。せめて私はまあ合楽だけ位は、まあ合楽と言うても結局なら、私だけでも実のあるお参りをしたいなと思うております。そこからです。私は石橋先生、初代の石橋松次郎先生の実を受けて帰って来れる様な気がするんです。そこでです。なら皆んな「力を得なければ、力を受けなければ」とこう申しますけれども、力とはどう云う風にして付くものかと、例えば私は昨日、ただ今お気付け頂きました、偉い、とても素晴らしい先生が素晴らしい話を書いておられます。
 それはけれどもね、神に嘘を言うも同じ事。自分自身が実行出来てない事を言っておるからなんです。自分自身が頂いておらずして、話したり書いたりしておるから、神に嘘を言うも同然ですから、その先生の所では人は助かっていないと言う事実です。菖蒲じゃいかん。杜若じゃいかんと云う事になりますですね。そこでなら力を受けると云う事は、私は今日の御理解から行くならば、その辛抱こそと仰る辛抱力だと思うですね。辛抱力私はその辛抱力が力になるんだと思うです。
 ですからね私は此処ん所を一つ、おかげを頂いて本当の信心辛抱させて頂いておりますとね、その信心辛抱がです。辛抱と思わんで済む程しのおかげが受けられる。久留米の初代の信心辛抱と云うのは、一生辛抱し抜きなさった様に、皆が言うておりますけれども、私は恐らくはです。普通が歯を食い縛らんならんごと苦しい事であっても、恐らく石橋先生の場合は、むしろ神様にお礼を申し上げておられるような状態ではおありにならなかっただろうかと想像いたします。
 是は私自身もそうですから、もっと素晴らしい事に違いないです。普通だったらもう、本当に歯痒い思いをして辛抱せんならんと、そう云う事柄に直面してもその事自体が、却ってお礼を申し上げなければおられんのですから、もう信心辛抱じゃないです。信心辛抱の徳が身に付いて来るです。そこを一つ頂かにゃいけん。先日高橋さん所の宅祭の時に、気かさて頂いた話なんですけれども、すぐ近所に有名な甘木の御信者さんがおられます。「大丸」と云う大きな家具屋をなさっておられます。
 もう何かある度んびんにおかげを受けられる。先年も火事で丸焼をなさいましたけれども、それこそ何倍とも言わん様なおかげを頂いておられます。大変なおかげを受けられた方です。大丸さんは何とか言いますね。高橋さんあの人は(高橋さんの声)「田原さんです」田原さんと言う有名な御信者さんです。ここにも一遍見えられました。出光さんですね石油の出光さんとは従兄同志にあたるそうです。中々変わった信心をなさいますその話を聞かせて頂いたが、甘木の親教会には勿論お日参りをなさいますね福岡から。
 それで月に二遍ずつお参りなさると云う頃だったそうですが「いいえ先生この頃は、月に月次祭度んびんに、御本部の月次祭度んびんにお参りになるそうです」ね。恐らく信心辛抱し抜いて、初めの間は日参りも本に途絶え様ごとあったかもしれん。御本部参拝もこうと決めたら、言わば二遍もお参りなさっておられたがです。今では、御本部の月次祭度んびんにお参りになるそうです。
 ですからもう苦しかろうとか辛抱とか云う物じゃなくて、もうその事が嬉しゅうして有難うしてと云う事になっておられなきゃ出来る事じゃないですね。是が信心辛抱の徳であり、信心辛抱の力だと私は思います。それはここに「金光教徒」に書いておられる先生の、もうそりゃ素晴らしい事を書いておられますけれども、いわゆる見かけが良い信者とか、お話が上手なとか、格好が良いと言う信心者だけでは力は付かんです。
 苦しいそれは辛抱し抜く時には苦しみもあろうけれども、これ今こそお徳を受けておる時と思うてです。辛抱し抜かして頂く所から辛抱力が出来る。もう神様の前にはね口実は付けられんです。「ああですからこうですから、出掛け様と思いましたら、どんどんあんまり雨が降りますけん」それでは身に徳が受けられんと此処にはっきり仰っておられる。「雨が降るから、風が吹くからえらいと思うては辛抱力は付かん」と。
 「その辛抱こそが身に力を受けるんだ。徳を受けるんだ」と言っておられます。田原さん当たりがもう七十幾つでしょうか、お婆さんですけれどもです。とても毎日参りせんとしるしゅうして応えん。「御本部に月次祭度んびんに参らんなんちはどうした大事な事じゃろうか」てんなんてんじゃ決して御座らん。段々段々です。お参りをする事、言うなら、そうした御用が出来られる事が、もう嬉しゅうして有難うしてと言うのじゃないでしょうか。石橋先生の場合だってそうだっただろう。
 石橋先生の信心を信心辛抱の言うなら、代名詞の様に申します。信心辛抱と言えば久留米、久留米と言やあ信心辛抱と、皆が言う位ですけれども、その信心辛抱と聞くといかにもじゅつなさそうだけれども、辛そうだけれどもそこを通り抜けさせて頂いたら力になっておる徳になっておる。今まで歯を食い縛んならん様に思った事が、むしろ有難涙がこぼれる様な思いで、それを受けて行く事が出来るのが力だ徳だと私は思うです。
 今日はそう云う意味でです。石橋先生の言うなら信心辛抱のその真髄にもです。触れさせて頂こう。そんな私は気持ちでお参りさせて頂きたいと思います。力と云うけれどもそれは辛抱し抜く者の上にしか頂けない。辛抱力と言うその力がそのままお徳になるのだとこう思う。はあって金光様の信心ちゃそげんもうズーと参らんならんなら。と初めから引っ込む様な事であっては出来ん。そうさして頂きよると、その事がもう嬉しゅう成って来る。有難う成って来ると云う所迄が私は信心辛抱だと思うですね。
   どうぞ。